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2006年01月31日


要するに何が言いたいかというと、しつこいようだけど


「ほとんどの日本人には、



タン白質が全然足りていなあ~い!!


ということだ。本当ですよ。


そしてそれらが、慢性疲労や貧血、冷え性、むくみ、肌トラブル、心のトラブル、新陳代謝の低下、老化、肥満、そのほか様々な代謝異常や疾病の土台を作っているというのは、前に書いたとおりである。


しかも女性の場合、タン白質だけじゃなくて、鉄や亜鉛などのミネラルも欠乏している場合が多いし、ビタミンB群の欠乏も深刻だ。


その証拠に、というわけではないが、最近若い女性を見ていて「健康的だなあ」と思うことが少ない私なのだが、皆さんそう感じませんか?


まだ若いのに、肌が荒れていたり、くすんでいたり、ニキビがたくさんあったり、疲れていたり、むくんでいたり、冷えていたり、うつだったり。。。


特にこれから妊娠出産を控えた若い女性にそれらの栄養欠乏が多いことは、産婦人科医としての立場からみてもとっても由々しき問題だ。


妊娠中は胎児を育てるために自分の体をまかなう以上の栄養素が必要なのに、母体に必要なぶんの栄養素ですらまかなえていないというのが、残念ながら現実だからだ。


妊婦の栄養欠乏が、生まれてくる子供の様々な健康問題の原因を担っているとは、最近ようやく認識され始めたことだ(これについてはまたの機会に)。


ちょっと話がそれてしまったが、妊婦にとってもタン白質欠乏は大きな問題で、栄養と言う視点から見ても日本の将来にとても不安を抱いている私なのだ。


そして!それらの問題を解決するのに、一番手っ取り早くて、安価で、効果が高いのが、お肉を食べることなのだ。



つづく。


(なんだかダラダラ書いてしまってますが、結構書くの大変なんです~(> <)お許しを。)



 


2006年01月29日


タン白質が重要だということはわかったとしても、ではどのくらい摂ったらいいのか、という話になってくる。


タン白質の必要摂取量は、世界的にもほぼコンセンサスが得られているが、蛋白質研究奨励会(大阪大学)の計算式はこうである。


成人のタン白質所要量

0.64× 100/80 × 1.1 × 1.3 ≒ 1.14 (g/kg


詳しくは省略するが、要するに、成人は体重1kgあたり約1gのタン白質を、毎日(タン白質は食いだめが出来ないので)摂取する必要があるということだ。


もちろんこれは普通の人の場合で、成長期の子供や妊婦・授乳婦、スポーツ選手などは2~3g/kg/日が必要だといわれている。


これが実は、摂っているようで摂れていないのである。


例えば、今日はお肉を100g食べたからタン白質100g摂っちゃったわ!と思っている人がいるかいないかはわからないが、もちろんこれでは摂れてはいない。


五訂日本食品成分表によると、豚肉の「大型種肉、かた、赤肉、生」では可食部100g中タン白質含有量は20.9gである。ほかのお肉や魚も大体同じような感じで、100g中にタン白質は約20g前後だ。


でも、これは生(なま)の場合。


火を通すと、メイラード反応等の影響でアミノ酸が破壊されるために、実質的に利用できるタン白質としては半分に減ってしまうと言われている。


ということは、体重50kgの人が、豚肉を食べることで必要なタン白質を摂ろうと思ったら、毎日500gの豚肉を食べなければ摂れないことになる。





・・・これってなかなかできることではない。





もちろん、お肉だけではなくて、魚、豆製品、乳製品などで満遍なく摂っていくことが必要だが、実際に必要なタン白質をきちんと摂ろうと思うと、意外と難しいということがわかっていただけると思う。





タンパク質ものがたり

蛋白質研究奨励会
タンパク質ものがたり―私たちの生命を支えるもの

2006年01月27日



タン白質とは、アミノ酸がペプチド結合したもの(分子量10,000以上のもの)言う。


最近アミノ酸がまるで新しい機能性素材のようにもてはやされているが、タン白質が分解されればアミノ酸になる。
それぞれのアミノ酸にも治療的意義はもちろんあるが、まずはタン白質が全体として足りていることが、健康維持には必要である。
なので、今流行のアミノ酸系飲料などが悪いとは言わないけど、特別なアミノ酸を摂るということを特別に行うよりも、プロテインスコアの高い質のよいタン白質を十分量摂るほうがよっぽど意義があるだろう。


まずタン白質がどんな働きをしているかを見ていこう。


     皮膚・毛髪・爪を作る

     骨・歯・筋肉を作る

     内蔵(肝臓・胃腸など)を作る

     血管を作る

     血液を作る

     酵素を作る

     ホルモン(およびレセプター)を作る

     抗体・インターフェロンを作る


このように、タン白質は体中で様々な役割を担っている。主には構造タン白質としての働き、つまり体を作る材料としての働きと、機能タン白質として、たとえば生化学的な反応をつかさどる酵素としての役割、ホルモン・神経伝達物質などの体内環境を調節する役割、免疫をつかさどる役割などである。


なので、タン白質が不足すると(上記の働きに対して)


     美しさ・しなやかさがなくなる

     弱くなる、もろくなる

     衰える、弱くなる

     もろくなる(高血圧・脳卒中)

     貧血になる

     代謝がにぶる

     体の調節がきかなくなる

     最近・ウイルスに感染しやすくなる


などの症状が起きてくる。



…これって、何か共通したイメージありませんか?


一言でいえば、「 老化 」である。



タン白質不足・アミノ酸不足では組織の蛋白合成の低下が起きるため、当然組織の機能低下が起こる。
そして自律神経やホルモン分泌にも影響が起き、ホメオスターシス(生体恒常性)の乱れを引き起こし、老化や疾病を起こす土台を作っていく。
タン白質を摂れば病気にならないとか老化しないとはもちろん言えないが、そうなりにくい土台を作るためにタン白質は非常に重要なのである。

 

つづく。


 


 

2006年01月24日


栄養療法を行う上で、もっとも大切な栄養素とはなんだろうか?


ビタミンB?ビタミンC?カルシウム?鉄?


もちろん、それらもとっても大事なのだが、もっと大切なものがある。


そう、それはタン白質だ。


ビタミン・ミネラルを気にしている人は多いけど、タン白質がおろそかになっていては元も子もない。片手落ちもいいとこだ。



実は日本人の多くは、タン白質が絶対的に不足している。


強固に刷り込まれた「コレステロール悪玉説」のせいなのか、コレステロールを気にして動物性蛋白質(お肉)や卵を控えている人が多いことも、タン白質が不足する理由のひとつだと考えられる。


もちろん、コレステロールの代謝異常を起こしている人の中には動物性蛋白質を控えたほうがいい場合があるのは確かだけど、多くの日本人はさして気にする必要もないコレステロール値に過敏になりすぎている。


現代人が何を食べているかと言うと、圧倒的に精製された炭水化物が多いのだから、特に食の細い女性は必然的に、タン白質の摂取量が少なくなる。


タン白質の不足が、実は多くの体調不良の原因になっているということは、残念ながらあまり認識されていない。

 

 

タン白質は、体の全ての細胞の基本的な材料と言っていい。


タン白質を必要としない細胞は、人体の60兆個の細胞のうち、一個たりともありはしない。


例えて言うと、人間の体が木造住宅だとしたら、タン白質は木材のようなものだ。


木材がなかったら木造住宅を作ることはできないだろう。

(単純な例えですみません・・・)



タン白質は食べ物でいうと、肉・魚・卵・豆類・乳製品などだ。


これらのうち、タン白質や他の微量栄養素を効率よく摂取するのに何が一番いいのかと言うと、動物性タン白質だ。自分の種に近い種類のタン白質のほうが体内での利用効率が高いと言われている。


また、鉄を摂るのにもっともよい食べ物はお肉である。野菜などの植物に含まれている鉄は実は人間の体には吸収しづらいのだ。


野菜に含まれるビタミンなども実はなかなか吸収しづらいが、動物性タン白質は脂質も含まれているので、脂溶性のビタミンなども吸収されやすいという利点もある。(もちろん野菜を食べなくていいと言うわけではない)


肉食を嫌う風潮がある昨今だが、お肉を食べることには様々なメリットがあるのだ。

(殺生はよくないという倫理的な思想は今はおいておいて)


 

だからあえて、体調が悪い、と嘆いている方、特に若い女性に、私は断固として、

 

お肉を食べなさい

 

と申し上げたい。



肉がよくないなんて、誰が言った

ニコライ ヴォルム, Nicolai Worm, 佐々木 建, 花房 恵子
肉がよくないなんて、誰が言った

つづく。


 

2006年01月22日


 

私はサーフィンをやったことはないが、サーファーって独特の世界観を持っているみたいだ。


大自然と一体になるスポーツだからなのか、余計なものが削ぎ落とされて、spiritualな人が多いように思う。


何かドツボにハマって抜け出せない時、自分が自分らしい状態でいられない時、多分心の中には余計なものがあって、本当はどうでもいいことなのに執着したり(勿論それには深い理由があったりするのだけど)、そのせいで本当に自分が欲しいものを見失っていたり、本当に大事なものを大事だと思えないようになっていたり、本質を見失っていることが多い。


でも本当は、人生ってとってもシンプルなんだと思う。


何も考えずに集中して、波という地球のリズムに乗っている時、人はそういう余計なものを手放せるのかもしれない。






donavon.jpg


Donavon Frankenreiter (Dig)




「FREE」より



There is nothing in between

What we are what we see

There is nothing in between

What we are what we see

What we are we are just...


And now we're

Free

Don't you wanna be

Free

From time to time a little

Free 







自分が何者でもないってわかったら、本当に自由になれるのに。



2006年01月19日

 


 

うーーん、楽しい!!

今とってもハマっているアルバム。


akiko ちゃんはとても格好いい若手の女性ジャズシンガー。

いつもクールに歌っているけど、結構ハジケたキャラとお見受けする。

彼女のアルバムはほとんど持っているけど、どれも素敵。

正直言うと最初は、あんまり特徴のない声だなー、と思ったんだけれど、試しにCDに合わせて歌ってみたら、その歌のうまさにビックリ!(↑当たり前だよ…)





50's のコスプレをして踊りたくなる感じ(笑)。



2006年01月18日


以上が、

 

 

を、稚拙ながら私なりに要約し解説(恐れ多くも・・・)を試みたものである。


 


 

 

この本を最初に読んで、私が発した感想。

 

 

 

「・・・・・・・・・・、

 








カッコイイ!!



 

である。


私が言葉でうまく言い表すことが出来なかったことや、疑問に対する答えが、そこにはあった。

この考え方が絶対とは言わないが、私にはとっても腑に落ちたのだ。

(この「腑に落ちる」ということがとっても大事なことなのだ)



私は経絡を学んで(私の場合は鍼灸を通じて)、人の体の見方がものすごく変わった。

同じ東洋医学でも、湯液(漢方薬による治療)だけをやっていた時とはまた違った目線になった。

体は言葉以上にいろいろなことを表現しているのだ。

漢方薬は家に帰ってしばらく飲んでもらわないと効果がわからないが、鍼灸の場合はハリやお灸を一つ一つするたびに、脈や体の反応がダイレクトにわかるので、手応えがあってとてもエキサイティングだ。

それは、生きている人間の体の面白さ、素晴らしさを、とてつもなく実感できる作業と言える。

心をカラッポにして、相手と一緒にいて、表情、脈、皮膚の色・艶・緊張度、体温、筋肉の硬さ、呼吸の深さ、そういったものを見ながら、感じながら、相手の体に触れ、治療をすることは、西洋医学的な触診やボディタッチとは全く異質のものだ。

超音波検査やCTなどの、目に見えない臓器の様子が視覚的にわかる先端の科学的な検査よりも、より深いレベルで、その人に近づいている、その人に触れている、という感じがする。
不思議だけど。



こんなことを書いていると、私のことをアンチ西洋医学の医師と思う方もいるかもしれないが、決してそんなことはない。むしろ必要不可欠なものだと思っている。エコーもCTも、もちろん素晴らしい検査方法だ。

私はただ、人の体の見方はそれだけではないよ、こんな方法もあるよと、ノンシャランと言いたいだけである。

全国に27万人いるといわれる医師の中に、何人かこんな変わった医師がいてもいいだろう。



内容が内容だし、専門用語が多いし、私には腑に落ちるけど独特の考え方だし、果たして正しく内容が要約できているかどうか全然自信がないのだが、東洋医学のスピリットとでもいうものを、少しでもお伝えすることが出来ただろうか?



最後に、この本には、実際に経絡を感じる方法が書かれている。


「正しくツボをとらえているか否かを判断するのは、指圧した指を相手が局部的に感じるか、深部にヒビクものとして感じるかで見分けられる。ツボをおさえている側の感覚としては、その点の性状(硬軟、コリ、抵抗、弾力性)を指先に感じるか、あるいは手から腕、あるいは肩の方まで何かヒビクモノを感じるかで分ける。前者は触覚であり、後者がツボをとらえているのである。一点ではこの差を判別しにくいので、あるツボをおさえたら、もう一方の指で同じ経絡のツボ(はじめになるべく近接したほうがよい)を同様に押さえる。この二点が、二点と感じたらそのおさえ方はツボの上を押しているので、ツボにはまっていないのである。二点をおさえているにもかかわらず、それが二点ではなくて、その周囲にひろがった面のヒビキのように感じられたとき、それが正しくツボにはまっている証拠である。」


詳しくは本をお読みください。(もう疲れた)

面白いのでぜひお試しあれ。


増永静人先生創設の指圧の治療院

医王会指圧センター

http://www.iokai.co.jp/top.htm

2006年01月17日


増永氏はこの本で、もうひとつの重要な東洋医学の特質についても述べている。 東洋医学の治療の根本は、経絡の異常を診断して調整をすることであるが、その基本は患者の体に触れることである。手を当て、異常を察知し、そして手を当てている行為そのものが即治療となる。その際の診断は、西洋医学の触診とはまったく意を異にするもので、これを切診と呼んでいる。

「近時この切診を応々西洋医学の触診と混同して理解されているようだが、触とは自他対立の感覚であるのに反し、切は接であり自他共感の支えによって成り立つことが忘れられている。切脈の場合に指先にふれているのは、その脈管の状態ではなくて、そこから全身の状態を共感する感覚である。触覚が高等な判別性感覚によっているのに対し、切診に働いているのは原始感覚による生命共感なのである。」

氏は、東洋医学と西洋医学の本質的な違いは、治療者と患者の間に起こる生命を持つもの同士の「共感」にあるという。言い換えれば心の交流といってもいいだろう。詳しくは省略するが、西洋医学的な触診に必要とされるものは触覚という判別性感覚であり、東洋医学の切診に必要とされるのは原始感覚であると氏は説明する。治療の対象として病変を見る西洋医学の立場とは違い、東洋医学の特質は原始感覚を用いて患者の体全体の「生命状態を共感」し、その立場を持って治療することにあるという。

「生体の歪みに対して、経穴は内蔵へ向かって液性伝導を行うのであるが、これを人為的に代行したとき、経絡のヒビキがおこると考えるのが妥当であろう。代行の仕方は人為的といっても自然に近い生命的なものでないといけない。経絡を上手に捉えられたのはこの東洋の自然生命観からの必然の帰結であったのだろう。私はこのような東洋の心がツボをとらえるためには一番大切だと考えている。ツボをとるときには探ってはいけない。盲人が手さぐりするのは触覚を鋭敏にし、物を判別しようとするからだが、その疑いの心から科学は発達し得ても、生命を摑むことはできない。生命には生命でもって対しなければならないのであって、ツボを知るのは原始感覚によって感じとるのである。患者の身になってというが、病苦に悩む心を知るのは生命共感のスキンシップである。スキンタッチは皮膚接触と訳されるが、生命共感のタッチとは深く挿入される接合である。皮膚にくい入る安定圧であり、しっかり抱き合う皮膚密着でないといけない。これを端的に示すのが握手である。握手は手の感触を判別するのではなく、手を通して心を感じ合うのである。このような皮膚結合によって生命共感は得られ、その原始感覚を通してツボは実感される。指はツボをおさえるのではなく、ツボに受取られて自づとツボにはまるのである。」

東洋医学的な思想のもとでは、人を治すのはあくまでも人である。皮膚を介した人間同士の心の交流があってこそ、患者の治る力が働くのである。それは決して一方通行ではなく、相互の作用がある。今風の言葉に直せば、インタラクティブな医療、とでも言おうか。不思議なことに実際、治療がうまくいったときは、治療をしている自分までも気持ちが良くなってしまう。これはこのような治療が一方的なものではなく、患者と医療者のコミュニケーション(言葉だけではない)である証拠のひとつだろう。現代医療では忘れられがちな、医療の根源的な部分が、そこにはある。

21世紀は心の時代であるとか、東洋の時代であるといわれるが、このような東洋医学の考え方は非常に21世紀的である、と思うのは私だけだろうか。



まだまだつづく。

2006年01月16日


「経絡というのは、東洋的な生命観に基づく最も根本的な生体調節系統である」と増永氏は定義している。

 

目に見える構造的な人間の体が陽ならば、目には見えないが、本質的な部分で生命活動を支えている陰の働きが経絡である。三次元的な構造(陽)が発達すればするほど、物事の本質(陰)は見えにくくなる。しかし陰が存在するからこそ陽が存在する。動物が死んでも構造(体)は残るから、構造が生命の本質ではない。生きている者のみに経絡は存在するのである。

 

「経絡が生命に固有のものと考えるならば、それは細胞にみられる原形質流動の発展したものと考えるのが適当だろう。細胞が分化したとき外胚葉は皮膚・神経系となって外と内とを連絡した。内胚葉の内蔵もやはり外界との適応・交流のために原形質流動を経絡系統として連絡に当てたとみるのである。この交流・適応ののぞき穴が、皮膚の感覚器のように経穴として開孔していると考えてよろしかろう。」

 

経絡が実際には何であるか、さまざまな議論が行われている。脈管系統なのか、神経系統なのか、云々、という議論である。しかし、氏は「経絡は生命の本質である」との考えから、アメーバなどの原始的な動物に見られる原形質流動が発達したものであるとの仮説を打ち立てている。脈管系統や神経系統は、高度に発達した動物にのみ見られる構造物であるので、経絡が生命の本質的な働きであることを考えると、単細胞動物のような原始的な動物にもその働きがなければ矛盾するからだ。

 

「経絡というのは、東洋的な生命観に基づく最も根本的な生体調節系統である。これに対する治療法は、局部的な経穴(反応点)を発見することではなく、全身的な異常感(虚実)を察知しなければ決定出来ない筈である。切診とはピッタリ皮膚を密着させて患者の状態を知る方法であるが、このような方法では高等な判別性感覚である触覚は働かず、生命を共感する原始感覚が優位になってくるのでる。」

 

経絡は全身の各部をつなぐネットワークとして流動する性質を持っている。その流れと言おうか、陰陽の配分が正しいときに、人間は健康だということができる。その流れに異常(虚実)が生じたときに、ツボという形で体表面に反応が現れてくるのである。

 

つまり、経絡というネットワークを持つ多面体として人体を捉え、その歪みを直すことが東洋医学の治療の本質である。指圧であろうと、鍼灸であろうと、漢方であろうと、経絡の虚実(歪み)を診断し、調整することがその目的なのだ。だから、この病気にはこのツボ、とか、この病気にはこの漢方薬、という病名治療は、形の上では東洋医学的な手法を使っていても、本質的には東洋医学とは言えないということになる。

 

 

 

またまたつづく


長くてすみません。。。

2006年01月15日

増永静人氏(1925-1981)は独特の経絡理論に基づいた「治療としての指圧」を実践し、世に広めた人物だ。
医療者として実践だけでなく、東洋医学の概念や特殊性、生命の本質としての経絡についての洞察を行い、ややもすると西洋医学に追従してしまいがちな、または各々の流儀に固執して全体としての進歩をしようとしない(しているように見えない)日本の東洋医学界に警鐘を鳴らした、当時の東洋医学界におけるオピニオンリーダーでもあったらしい。

 

「東洋医学が未だにその診断を、不確実な人間の五感のみに頼っているということは、それなりの意義と価値があるためで、決して頑なに文明開化を嫌悪し不便で非合理な伝統を固執するからではない。何ごとも合理性客観性をもって存在価値を決めようとする自然科学の傾向に対して、東洋医学は全く別個の価値体系によって構成されているので、同じ方法手段を用いることは出来ないためである。病名診断と証診断の相異は、単にその決定する対象の差にあるのではなく、診察方の内容が既に根本的に異うということからきている。病名とは、科学的に分類された病変部の解剖的変化またはそれを予想させるような機能的障害の種類によって付けられたものだから、この特徴を複雑多様な現象から抽出し、生体に傷害を与えない配慮の下に検査して、多くはその実態を見ずに予想しなければならず、しかも決定されたものは客観的で法則性をもつ唯一のものでなければならぬという条件がある。有名な内科医の誤診率が二〇%程度であったという告白は、この内情を知る者にとっては、むしろその少なさに驚きを覚える数字なのである。」

 

東洋医学と西洋医学の相違について、簡潔に説明するのはなかなか難しい。

私がこの本を読んで感銘を受けたのは、東洋医学の本質、ひいては生命の本質というものについて、経絡と言う考え方を通して、(私としては)とても納得のいくかたちで、述べられていたからだった。

 

「陰陽とは『生命の相反する二つの傾向性』である。」

陽と陰とは、たとえば、日なたと日かげ、男と女、昼と夜、火と水、木の地上に伸びた部分と土の下に隠れた根、など。そしてその相互の関係が、事物の生成発展の原動力となるというのが陰陽思想の考えであり、そのような生命的な陰陽思想に東洋医学は基づいている。

 

「生命は無生の恩慧の下に、生存し発展してゆくが、その中にも無生を含み、反対方向の働きを本質としてもっている。生まれたものは死ぬのであり、昼活動すれば、夜眠らねばならぬ。ものを分かち、自他をわけ、明らかな動きをもつことが体制(動物)神経の役割であるならば、これを支えて環境と同化し、自他を協力させて自然の一様さの中に静かに生を営むのが自律(植物)神経になっている。その自律神経も、体制神経の活動に交感するのが交感神経ならば、これに拮抗しているのが副交感神経であり、副交感がその基調となって生命の活動を支えている。」

 

人間の体にも当然陰と陽の働きがあり、健康なときはそれらが調和を保って存在している。単純に言えば、それらのバランスが崩れたときが、治療が必要なときである。

 

 




つづく。

2006年01月14日

私はとっても変わった医者だ。

現代西洋医学だけでなく、漢方・鍼灸などの東洋医学や、栄養療法なんてものをやっている。

そしてそれを当たり前だと思っている、医者の常識からみたらかなり風変わりな人である。

日本の医者は大体、西洋医学のことしか知らないので、私に言わせればそちらの方がかなりカタブツである(あ~あ、言っちゃった…)。

栄養療法に比べたらまだ東洋医学のほうが市民権を得ているが、東洋医学に対する医師の体温は様々である。

もちろん、自分でハリを打つくらいの東洋医学大好きドクターは私以外にもたまにはいるけど(私の世代では珍しいかな)、理解を示さない人は全く示さない。かなり両極端だ。

漢方薬はエキス剤など一部に保険がきいているからまだ馴染みがあるが、ツボや経絡の話になると、突如として拒否反応を示す場合が多い。

大学病院にいた時、先輩のドクターにツボの話しをしたら、「矢崎はどこへ行っちゃうんだ」という目をされたことがある。

「気」とか「経絡」とか、ありえない話らしい。

まあ医者じゃなくても「ある派」と「ない派」がいるだろうから、当然かもしれないが。

もちろん、私は自然に「ある」と考えている。

そりゃあ「証明しろ」と言われたらできないのだけど、実際に漢方薬やハリやお灸で困った症状が治ってしまうのだから、あると考えなくては説明ができない。

また、実際に存在するのかしないのかと言う議論よりも、その理論を当てはめれば治療に使える、ツールのひとつとして単純に便利だとも思っている。

もちろんEBM(根拠に基づいた治療)という考え方も非常に大切だけど、私自身は患者さんがよくなってくれれば、正直議論の是非などどうでも良い、というところがある。(もともと右脳人間だからか?(^ ^;; (註参照))


そんな人なので、理論的に説明しろと言われると弱いのだけど、見事にその辺りのことを論じている書がある。

 

 

著者の故・増永静人先生は、京大哲学科卒の指圧師という、これまた珍しい方である。



つづく。


 

(註:東洋医学をやっている医師がみんな私みたいなわけではありません。真面目にEBMを追求している方は沢山いらっしゃいます。念のため)



2006年01月11日

 

 

ジャズの名門コンコードレーベルから、日本人ジャズユニットとして初めてデビューしたという、フライドプライドのデビュー作。


ヴォーカルのSHIHOと、ギターの横田明紀男氏のデュオ。

SHIHOのパワフルで自由奔放なヴォーカルと、美しくて緻密なギタープレイで、一粒で二度おいしい。


鍼灸の修行で富山に住んでいた時に、師匠と一緒に小さなライヴハウスで彼らのライヴを聴いたことがある。

SHIHOちゃんは、この細い体のどこからそんな声が、と思うほどのパワフルな声の持ち主。

私の師匠は彼女を見て、「肩に全然力が入っていないのがいい」と言っていた。

さすが治療家(医者ではない療法家のことね)は見ているところが違う。


この後何枚かリリースしているけど、私が一番印象深いのはこれ。

なぜかと言うと、とてもセンシティヴな時期に聴いていたからかも知れない。

石垣島の浜辺で、打ち返す波を眺めながら、ヘッドフォンで聴いていたのを思い出す。

SHIHOの歌は全然泣きは入っていないのに、聴いていると泣きそうな気分になる。

多分私の中の何かのスイッチが押されるんだろう。



おすすめです。

2006年01月09日

OZ magazine 1月7日発売号の

読者が選ぶ名医カタログ


に、当クリニックが掲載されています。


メンタルケアでのピックアップです。


心のトラブルは、実は栄養状態と非常に深い関係があります。


脳内の神経伝達物質はビタミンなどの栄養素から作られていますから、栄養不足では材料不足になってしまい、脳の機能がうまく働かなくなってしまうのです。


うつやパニック障害、統合失調症などは実は非常に栄養療法が良く効く分野なのです。


どうぞご覧ください。


20060107OZmagazine

2006年01月08日

こんばんは。


本当に寒い日が続きますね。

冷え性の女性にはつらいシーズンです。

ちなみに、冷え性に栄養療法はとっても効果的です。

(経験者は語る)


詳しくはまたの機会に。



さて、これまで、分子整合栄養医学(分子栄養学)とは何ぞや、と言うことを説明してきました。

 

今までのポイントは、分子栄養学にもとづく栄養療法とは、「至適量の栄養素を補給することによって、異常な分子を正常化し、体の調節機能を整えて、病気の治療・予防をする」治療法だということです。

 

具体的な治療は、サプリメントの摂取によって行われます。

 

そして、栄養療法が食事療法と違っている点、また市販のサプリメントを買って飲むこととも違う重要な点は、「栄養素の量」にあります。

 

栄養療法において、もっとも重要なのがその「量」であり、そして最も誤解されているのも「量」なのです。

 

今日はその「量」についての話をしたいと思います。

 

 

皆さんご存知のように、栄養には必要栄養所要量というのが定められており、それに沿って栄養を摂りましょう、ということに一般的にはなっています。

 

しかし分子栄養学に基づく栄養療法では、必要栄養所要量に比べると、ケタ違いに多い量の栄養素を治療に用います。

 

このことから、分子栄養学は「メガビタミン療法」「ビタミン大量療法」などと呼ばれ、その量が非難の的になってきたという歴史があります(今でもです!)。

 

しかし、分子栄養学の目的と概念から考えると、60兆個あると言われる人間の細胞を望ましい状態に整えるためには、栄養所要量に定められているような微量の栄養素(ビタミンB1なら11mg程度)では、到底まかないきれない、というのが実際のところなのです。

 

そもそもビタミンの発見は、ビタミン欠乏症の研究から始まっています。

 

壊血病、脚気、ペラグラ、くる病、夜盲症(鳥目)、悪性貧血など。

 

これらは今でこそ、ビタミンの欠乏症だということは常識になっていますが、昔は原因が全くわからない「奇病・難病」とされていた病気です。

 

その病気を研究していったら、ビタミンと言うものがあって、それが不足しているために起こっている病態なのだ、ということがわかり、ビタミンは発見されてきたわけです。

 

ビタミンの歴史は、言うなればビタミン欠乏症の歴史なのです。

 

こういう経緯から、栄養所要量は定められています。

 

つまり必要栄養所要量とは、「欠乏症を防ぐための量」なのです。

 

そして、この栄養所要量がきちんと摂れればOK、とするのが旧来の栄養学の考え方なわけです。

(ちなみに日本人の平均的な食事ではこの量すらも充分に摂れていないということが明らかになっています)

 

しかし、分子整合栄養医学の目的はあくまでも「欠乏症を防ぐ」ことではないのです。

 

欠乏症を防ぐというレベルを超えて、「体の調節機能を高めて疾患の予防・治療を行う」ことが目的ですから、そのために必要な栄養素の量は、栄養所要量の100倍以上になる場合もあります。(当然食事だけでは摂れません!)

 

栄養療法の効果は「用量依存性」であり、そのような量の栄養素を使わないと治療効果は実際には現れないのです。

 

そしてそのような(旧来の概念からすれば)大量のビタミンを治療に使っても、現実には副作用はほとんど起こりません。(起こるとすればサプリメントの質的な問題があると考えられます)

 

巷ではもっともらしく「ビタミン過剰症」についての危険性が取り沙汰されていますが、ここは非常に誤解をされているところです。

 

栄養学とは突き詰めれば生化学・生理学であり、その分野は常に進歩しています。そして栄養素が果たす役割の大きさが日々明らかになっています。

 

そして栄養素に、今まで常識的に捉えられていた以上の様々な治療的な効果がある、ということがわかってきているのです。

 

それでも、一度定着した固定概念を払拭することはなかなか難しいようで、栄養所要量以上の多いビタミンを摂ると過剰症が起こり、危険である、と、いまだに言う人たちがいます。

 

そのような意見に対して、我々栄養素を治療の武器とする医師たちは、こう答えます。

 

Where are theBODIES?

 

ビタミンを大量に摂取して死んだ遺体はどこにあるのか?と。

 

 

アメリカにおける薬害による死亡者数が年間10万人を超えている(Starfield B. JAMA 2000, 284, 483.)ことを考えれば、栄養素による治療がいかに安全であるかは明白です。

 

また、十分でない量の栄養素を摂っても意味がないとは言いませんが、治療効果は望めません。

 

私たち現代人は毎日の生活の中で、栄養素が脱落した不自然で非生理的な食べ物を食べ、運動もせず、ストレスに晒され、たくさんの有害物質を体に取り込んでいます。

 

病気までは行かなくても、体内の分子には既に変化が起きている人がほとんどだと言えます。

 

だからこそ、栄養療法が効果を発揮するのです。

 

 

またまた長くなってしまいました。

 

分子整合栄養医学に基づく栄養療法について、ご理解をいただければ幸いです。

 

今後は具体的な症例などについてもお話していきたいと思います。

2006年01月07日

 

昨日、わかっていながら体を冷やすようなことをしたので、ギックリ腰になってしまいました。

 

同時に悪心に襲われ、吐くかと思いましたが、お灸をあちこちしまくったら胃腸が動き出し、その後休んだらだいぶ良くなりました。

 

私の場合、胃腸の不調と腰痛がセットになってくる(東洋医学的に言うと脾腎両虚)のです。

 

栄養療法でほとんど良くなったのですが、不精してはいけないということですね(> <)

 

反省です

moxa.JPG
手首にお灸をしているの図。

 


さて、前回の話の続きです。

 

栄養療法とはどんな治療法なのでしょうか。

 

私の言う栄養療法は(*人によって異なるものを指す場合もあります)、

分子整合栄養医学(分子栄養学)」と言う学問に基づいた、治療学の一分野です。

 

 

「分子整合栄養医学」とは、英語では、

 

Orthomolecular Medical Nutrition

または

Orthomolecular / Nutritional Medicine

 

と言います。

 

その定義は

 

 

もともとある生体内物質を、至適量となるまで補給することによって疾患の予防・治療を行うこと

( http://www.orthomolecular.org/ より)

です。

この言葉は、ビタミンCの研究で有名な、故ライナス・ポーリング博士の造語です。

 

ortho=整える、矯正する

molecule=分子

medicine=医学

 

つまり、私たちの体を作っている分子=栄養素 を 至適濃度に整える ことにより、病態を改善する、という治療法なのです。

 

 

そもそも健康とは何なのか?というところに立ち戻ってみましょう。


健康とは、「体を作っている分子が本来あるべき正常な状態である」ということです。

 

細胞を作っている分子が正常な望ましい状態であれば、細胞は正常に機能します。

 

細胞が正常に機能すれば、細胞で作られている組織(内臓などの器官)は、ほかに理由がなければ、正常に機能しているはずです。

 

言い換えれば、「健康とは体が本来持っている機能を十分に発揮できる状態」、とも言えるでしょう。

 

ところが、様々な要因、つまり栄養欠乏、ストレス、農薬・公害・食品添加物・煙草などの有害な化学物質、適切でない生活習慣、生まれ持った体質などによって、体を作っている分子には異常が起こります。

そして、細胞の機能が低下し、臓器の機能が低下します。

また、ホルモンや自律神経の異常を引き起こし、体の機能が円滑に働かなくなってしまいます。

 

その結果、様々な症状や病気が起こってしまうのです。


ということから、「体(細胞)を構成している分子を正常な状態に整えること」が、病気の治療や健康を手に入れることに関して、もっとも根本的なアプローチであることがおわかりになると思います。

 

この考え方が「分子整合栄養医学」なのです。

 

そして体を構成している分子とは、当然のことながら、栄養素です。

 

つまり、至適量の栄養素を補給して分子の異常を正常化し、健康を取り戻すという方法が、「分子整合栄養医学に基づいた栄養療法」なのです。


残念ながら、現代医学の薬剤中心の治療アプローチでは、「起きてしまった病的な変化」に対して、局所的に変化を起こして(代謝をストップさせて)その症状を取ることはできます(追記)が、そもそもその原因となった分子の異常(多くの場合は複合的に起こります)を正常化することはできません。


薬剤は人体にはそもそも存在しない化学物質であり、ほとんどは単一な薬効しかないからです。

 

これが、現代医学のほとんどが「対症療法」であり、根治療法でない理由です。

 

 

またまた長くなってしまったので、この続きはまた次回。





 

 

 

(追記)たとえば、アラキドン酸カスケードをブロックする抗炎症薬や、HMG-CoA還元酵素を阻害するコレステロール低下薬など。

 

 


 

2006年01月05日




こんばんは。

音楽話より本業の話をしなくちゃいけませんね。


今日は、「今なぜ栄養療法が必要なのか?」と言うお話です。


実は、ほとんど全ての慢性疾患は栄養欠乏が関与していると言われています。

と言うことは、栄養療法が効果を示す病態は、実はとっても多いと言うことです。


現代社会は食べ物で溢れています。

特にわが国・日本では、幸せなことにほとんど飢えた人はいませんよね。

それより廃棄される食べ物が多すぎて問題になっている位ですから。

ですから、昔の食べ物のない時代と違って、「栄養が足りない」なんて言うことはあまり認識されないことが多いです。


しかし残念ながら、「お腹いっぱい食べられる」ことと、

「栄養素をきちんと摂れる」こととは、

全く別の問題

です。


私たち現代人の食べものは、ある意味、史上最悪だと言っていいでしょう。

その理由には以下のものが挙げられます。



食品工業の技術が進んで、食べものを精製して食べるようになった

(精製する過程において多くの微量栄養素は破壊される。

例えば、米・麦などの穀物や油・塩・砂糖などの調味料なども)

加工食品の摂取の増加(加工している間にも栄養成分は減少する)

保存技術の進歩(保存している間にも栄養成分は減少する)

農作物自体の栄養価の低下

ジャンク・フードの氾濫(カロリーだけあって体に必要な栄養素はほとんど入っていない、「エンプティ・カロリー」の代表選手)

食品添加物・農薬などの濫用

ストレスに溢れた生活(ストレスはビタミンCなどの栄養素を消耗する)

などなど。

と言うわけで、現代社会は残念ながら、「栄養素をとても摂りづらい社会」になってしまっています。

そのため、実は都会に住む現代人のほとんどは、

カロリー過剰の(隠れ)飢餓状態

 

なのです。

カロリーばかり多く、タン白質・ビタミン・ミネラルなどの栄養素は絶対的に足りていません。


別に脅かすわけではないのですが、これは事実です。



間違いなく、現代人の体調不良、病気(老化を含む)の一因は、栄養素の欠損によるものなのです。

 

じゃあ、食事をきちんと摂りさえすればいいんでしょう?

 

とおっしゃりたいあなた。

 

栄養療法は、「食事をきちんと摂る」ということとも違うのです。

 

もちろんちゃんとした食生活(何をもって「ちゃんとした」とするかが問題ですが)をしたほうが良いに決まっています。

 

余程ひどい食生活をそれまでしていた場合は、食事を変えるだけで良くなる症状もあるでしょう。

 

しかし、食事から摂れる栄養素の量には限界があり、「病態を改善する」と言う目的からすると、期待する量をとることは難しいのです。

 

この、「栄養療法と食事療法の違い」は、実際なかなか理解されづらいところです。

 

長くなるので、この続きはまた次回。

 

2006年01月03日



皆さんご存知の、ジョン・レノンの名曲。


いろんなアーティストがカヴァーしているけど、私のお気に入りはこれ。


きらめくようなピアノが美しくて、聴いているとまるで音符が飛んでいるみたい。


ゴンサロ・ルバルカバはキューバ出身のピアニスト。


アメリカとキューバの関係が非常に悪かった時に(すみませんよく調べてません)、アメリカで公演を行い、「JAZZの親善大使」と呼ばれた。


ブルーノートTOKYOに3回ほど聴きに行ったことがあるけど、シャイな少年のような感じだった。


繊細な中にラテンな情熱を感じさせるプレイだった。


その超絶技巧ゆえに好みは分かれるらしいけど、私は好きです。




imagine.jpg


Imagine


真夜中に明かりを消して、一人(または二人)でしっとり聴きたい1枚。



2006年01月02日

 

と言っても私の名前のことではありません。

(誰も聞きたくない)

 

クリニックハイジーアという、私の医院の名前についてです。


 

私はもともと代官山矢崎医院という名前で開業していましたが、昨年移転して、クリニックハイジーアと名前を変えました。

 

ハイジーアHygeiaというのは、ヒュギエイアHygieiaという、ギリシア神話に出てくる「健康の女神」様の名前の英語読みです。

 

ギリシア神話にはたくさんの神様がでてきますが、アスクレピオスという医神(医学の神様)がいらっしゃり、ヒュギエイアはその娘なのです。


 

ヒュギエイアについて知ったのは、かの有名なアンドルー・ワイル博士の著書、「癒す心、治る力」を読んだ時でした。

その頃、私には医師としての自分を見つめなおす機会がありました。

栄養療法や東洋医学などの代替医療(註:この言葉には、“主流ではない医療“という言外のメッセージが含まれています。”主流の医療“とはいわずもがなの現代西洋医学のことですが)が本当に素晴らしい医学であるのにもかかわらず、なかなか理解されないというジレンマもそこにはありました。

 

そんな時、この本の前書きに書かれたヒュギエイアについての記述を読み、まさに私の言いたいことはこれだ!という閃きのようなものが全身を駆けめぐりました。


「健康とはものごとの自然な秩序のことである」

 


人間の体はそもそも秩序を持っているものであり、それが正しく働いている時には人は健康である。そしてその秩序が乱れた時に病が起きる。

秩序を乱すものは何か、そしてその乱れをいかに戻すのか。

 

それは「健康とは何か」という根源的な問いに対する答えを示すものでした。

 

現代医学の分野では、遺伝子レベルでの病気の原因究明や新薬開発が日進月歩で進んでいるけれど、あまりに枝葉的な追求が多すぎて、そもそも健康ってなんなのか、健康を保つためには何が必要なのか、ということが忘れ去られている気がします。

 

このブログでは具体的に健康であるための方法ついて、いろいろ書いていくつもりです。


 

そんな訳で、新しいクリニックはヒュギエイアに因んだものにしたかったのですが、ヒュギエイアでは覚えづらいし、言いづらいので、英語読みのハイジーアにしたと言う訳です。

ハイジーアも結構聞き返されますけどね(^ ^;

 

ちなみにクリニックのロゴマークは、ヒュギエイアのシンボルである「ヘビの巻きついた杯」を表したものです。

ローマ時代の昔から、ヘビは何度も脱皮することから「永遠の生命」を象徴するとされ、医学や長寿などのシンボルとされました。

また、ヘビの毒が薬として治療にも使われていたそうです。

ヒュギエイアは治療に使うヘビを養育する役目も持っていたので、ヘビの巻きついた杯(薬杯)がヒュギエイアのシンボルとなっているのです。

ヒュギエイアには薬学の神様という意味もあるので、外国では薬局のマークによく使われているようです。

ちなみにアスクレピオスのシンボルは「ヘビの巻きついた杖」です。

豆知識でした。

 



 

今日の一冊
アンドルー ワイル, Andrew Weil, 上野 圭一
癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか
(ヒュギエイアに関する記述は前書きの中のほんの一部です)

癒す心、直る力

2006年01月01日

明けましておめでとうございます。

昨年中お世話になりました皆々様、真にありがとうございました。

初めての方はどうぞお見知りおき下さい。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


 

いよいよ2006年が始まりました。

私にとってはあまり普段と変わらない年末年始でしたが、やはり気が引き締まりますね。

ということで(?)、年の始めとともにblogを始めることにしました。


 

さて初回、何を書こうか?と思いましたが、普通に新年の抱負などを。

私は、クリニックハイジーアというちょっと変わったクリニックの院長をしています。

どう変わっているかというと、普通の西洋医学的な治療はほとんど行わず、分子整合栄養医学に基づく栄養療法と、東洋医学を中心とした、いわゆる代替医療を用いて治療を行っているのです。

それらは、とても素晴らしい治療方法です。

それらの学問により習熟すること。

それらの体に優しい医療について、もっと多くの方にその存在を知っていただくこと。

そして一人でも多くの患者様に元気になっていただくこと。

それらを頑張りたいと思います。


 

まあ当然と言えば当然の抱負です(^ ^

昨年以上に、なんてもんじゃなく、ケタ違いにやって行きたいと思います(笑)。




今日の一枚

voyage  
アン・サリーヴォヤージュ


医者つながりで…。(知り合いではないんですが)

ご存知の方も多いかと思いますが、伸びる声がめちゃくちゃ気持ちいい1枚。

かけていると「これ誰?」と聞かれるので、人にあげてしまって何枚も買っている(^o^。

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Optimal Health オプティマル・ヘルスとは、「最高の健康状態」を意味する言葉です。
「病気ではない」という消極的な意味での健康ではなく、エネルギーに満ちた快適な状態でいられること。
その人らしい人生を思う存分過ごすこと。
すべての患者様にOptimal Healthを得ていただくことが、私達の願いです。


未来の医者は薬を使わず、食事を重視し、病気の本来の原因を探し、予防するという、人間の基本を大切にして治療をするであろう。
トーマス・エジソン
(1847-1931)

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クリニック ハイジーア


∥∥お知らせ∥∥

現在新しいコメントは公開しておらず、コメントに対してのお返事もさせていただいておりません。大変恐れ入りますがご了承ください。

∥∥雑誌掲載情報∥∥



「冷えに効く漢方薬」のページでお話をさせていただいています。



妊娠中の栄養素の話の転載をしていただきました。



こちらも低血糖症の記事を転載していただきました。